経営理念という魔物 – 株式会社FANSS 株式会社FANSS 経営理念という魔物 – 株式会社FANSS

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経営理念という魔物

経営理念、定めていますか?

日系の金融機関に勤務していたとき、交代したトップが経営理念を刷新する、という事象が続けて起きました。変革をもたらしたいと新しいトップが考えるのは理解できます。そして経営理念を新しくすると「変えた感」が出ます。それが単なる自己満足であったとしても。

外資系の金融機関のときは、経営理念の変更どころか、そもそも存在していたかすら覚えていません。代わりに数値目標が与えられており、未達成は地獄行きですので、およそ経営理念を気にする人なんていなかった印象です。

2つとも私の経験談ですが、どちらが良いとか悪いとかの話をしたい訳ではありません。経営理念は会社の向かうべき先を決める羅針盤のようなものです。適切に設定・運用できれば、必ず会社の成長の助けになります。しかし、特に経営者の側に、経営理念に対する大きな誤解が3つあると感じています。

1つは「経営理念には理想を書けばいい」という誤解です。交代したトップが経営理念を変えたがるのは、こういう誤解があるからではないかと考えています。自分がトップになったからには、自分の理想を言葉にして経営理念にしよう、特にコストもかからないし。動機は理解できます。しかし、一度立ち止まって考えてほしいのです。それ、本当に会社全体で実現できますか?

例えば経営理念に「顧客第一主義」という言葉を新しく盛り込んだとします。一方で、営業部隊にはこれまで通り売上目標を課して数字を作らせようとします。営業部隊はもちろん目先の売上が大事なので、「顧客第一主義」なんてお題目は一旦置いておいて、期末には泣き落としでも何でもすることになります。そうするとどうなるか。営業部隊に所属する従業員は、うちの会社は嘘つきだなと感じ、心の中にもやもやを残します。何とか折り合いをつけても、本音と建前があるからしょうがない、ぐらいでしょうか。

この例なら出来もしない「顧客第一主義」なんて掲げずに「売上至上主義」とでもする方がよっぽどマシです。これなら会社は全く嘘をついていませんので、営業部隊の人間もスッキリします。新しく入社した社員が「顧客第一主義」だと思っていたのに本当は「売上至上主義」じゃないか、という落胆を覚えることもありません。会社への信頼感が下がると、所属することに誇りを持ちにくくなります。選挙の公約やマニフェストと同じく、本当に実行できるかどうかが大切で、理想を書くだけではダメなのです。

2つ目は「経営理念を定めることが大切」という誤解です。あくまで一例ですが、『経営理念の刷新プロジェクト』のようにプロジェクト化し、企画部を事務局にし、部署横断的に優秀な若手を集め、全社員にもヒアリングやアンケートを実施して、最終的な文言を固め、社長が役員会に諮って承認され、晴れて新しい経営理念が完成。プロジェクト大成功!ばんざーい!!というような事例です。

経営理念を定めたところがスタート地点です。本気で経営理念の活用を目指すのならば、決めた理念を浸透させ、定着させる必要があります。うちは某会社がやっていたように毎日朝会で音読させているから大丈夫です、という反応をされる方もいますが、これは全くもって意味がありません。いや少し言い過ぎました。イエスマンを増やすという効果はあるかもしれません。

ジョンソン&ジョンソンであったり、ウォルト・ディズニーであったり、経営理念を活用できているエクセレントカンパニーはあります。これは経営理念を暗記しているからではありません。経営陣から末端の平社員まで、経営理念という文字に表された「考え方」を体得しているからです。経営理念にもし「顧客第一主義」と掲げた場合、それはどういう考え方から出てきたのか説明しなければ意味がないのです。これも一例ですが、顧客の立場で考え、その役に立ち、感謝されるとともに信頼を得ることでファンを増やし、強固な顧客基盤を構築することで長期的な成功を目指す、という考え方に基づいて「顧客第一主義」という経営理念を定める。という説明を省いてはいけない、ということです。

すごく時間がかかる、という印象を受けた方は鋭いです。経営理念を本気で浸透させようとしたら、終わりがない戦いと考えた方が良いです。新しい社員は毎年入ってきますし、時間と共に人の記憶は失われていきますので、繰り返しくりかえし、本質について説明しなければならないからです。

最後の誤解は「経営理念は覚えさせることが大切」という誤解です。先ほど記した通り、経営理念は「考え方」を文字に落とし込んだものですので、「顧客第一主義」でも「顧客最優先」でも「顧客目線」でも、似たような事を言っている場合、一言一句にこだわる意義は小さいです。むしろ暗記させる事で、社員から思考を奪ってしまう可能性すらあります。

また例えばの話で恐縮ですが、ロシアのウクライナ侵攻という大事件について、あなたの意見を教えてください、という質問をされたとします。ある表現を選んで喋ったけれど、何か伝わっていないなと感じたら、別の表現で言い換えて説明しますよね。それは、事件に対してどう感じて考えたかという内容が大切なのであって、伝えたい趣旨が同じなら表現が多少変わっても問題がないからではないでしょうか。

ということで経営理念に関する私の思想を書いてみました。最近、顧問という立場で助言をしている会社の社長から、そろそろ経営理念をしっかりと決めたい、という相談を受けた事がきっかけで整理したものです。軽い気持ちで扱おうとすると大怪我しますよ、という思いがタイトルには表れています。「決めるまでより、決めてからが本番ですよ」という意見に彼は賛同してくれましたので、何とか大怪我せずに済みそうです。

(文責)岩永

2022年4月28日 22:31