2022年の皐月賞には、歴史を変えるかもしれない馬が出走する。
その馬の名前は「イクイノックス」
父キタサンブラック 母シャトーブランシュ(母の父キングヘイロー)という血統だ。
父のキタサンブラックは18億円以上もの賞金を稼いだ名馬であり、馬主が北島三郎ということでも有名になった。しかし幼い頃には見栄えも悪く、北島三郎が半分お情けで購入したような馬であった。それはキタサンブラックの父がブラックタイドという不人気種牡馬であったことも関係している。
ブラックタイドは重賞レースを1つ勝ったものの、G1レースを勝つことは出来ず、通常ならば種牡馬になれる競走成績ではなかった。ではどうして種牡馬になれたかというと、「ディープインパクト」という日本競馬史に残る名馬が全弟だったからである。(サラブレッドは父が違う兄弟がたくさんいるので、両親とも同じ場合を全弟、母だけが同じ場合を半弟と呼ぶ。なお母が違って父が同じ場合は特に兄弟という扱いにはならない。)血統が同じ弟が大活躍したので、そのおかげで兄が評価されたということだ。
こうしてブラックタイドは種牡馬にはなれたものの、その成績は大成功とはいかなかった。G1馬を50頭以上輩出したディープインパクトに対して、ブラックタイドの産駒でG1を勝利した馬はキタサンブラックだけ。優秀すぎる弟に敵わない兄、という構図は引退してからも維持された。そんな状況もあってか、唯一の代表産駒キタサンブラックも、レースとは違い、種牡馬としてはそれほど人気を集められなかった。
それにはキタサンブラックの血統背景だけではなくて、競走成績も関係している。種牡馬としての人気を左右する3歳クラシック競走(皐月賞、ダービー、菊花賞)のうち、キタサンブラックが勝ったのは最も長い距離の菊花賞のみ。皐月賞とダービーが3歳春に開催されるのに対し、菊花賞は3歳秋に開催される。キタサンブラックは3歳秋の菊花賞で初G1制覇してから、4歳では天皇賞・春、ジャパンカップと2つのG1を、5歳では大阪杯、天皇賞・春、天皇賞・秋、有馬記念と4つのG1を勝ち、中長距離の主要なG1タイトルを総なめにした。一方で、その成績から、スピードよりもスタミナに優れ、成長タイプは早熟型ではなく晩成型だと見られていた。
高速化が進む日本競馬において、スタミナを特色とする種牡馬は不遇である。また3歳クラシック、特にダービー(東京優駿)が最も人気があり、ダービーを勝てる可能性がある馬が高く売れていくという現実がある。ディープインパクトの産駒が大人気だったのも、3歳春のクラシック競走に滅法強かったからである。
しかし競馬では時に、こうした逆境を全て覆すようなことが起きうる。それは、キタサンブラック自身がそうしたように「レースで勝つ」ことである。種牡馬としてのキタサンブラックで言えば、産駒がG1を勝つ、3歳クラシックを、ダービーを勝つことである。なるべく早く。
前置きが長くなったが、ここでやっとイクイノックスの出番である。ここまで読んで頂いた方ならおわかりかと思うが、そう、イクイノックスが3歳クラシックを勝つのだ(予言)。皐月賞とダービーを制して、なんなら菊花賞を親子制覇して3冠達成といこうじゃないか、などと妄想が膨らむほどに、イクイノックスは強いのである。おそらく。
実はイクイノックスはまだ2戦しかレースを走っていない。2歳の新馬戦と、東京スポーツ杯2歳ステークス(G2・芝1800m)である。たった2戦ではあるが、その強さは際立っている。新馬戦は荒れ馬場の中で前目の位置からラスト3F(600m)上がり最速の脚を繰り出して6馬身差の圧勝。このレースでは、後に阪神JF(G1)を勝って2歳牝馬王者になるサークルオブライフと、2戦連続で2歳コースレコードを出すサトノヘリオスを破っている。圧巻は次戦の東京スポーツ杯2歳ステークスで、上がり3F32.9秒という驚異的なタイムを記録して快勝した。直前に行われた3歳以上3勝クラス秋色ステークス(芝1600m)の最速上がり3F33.2秒よりも速いタイムである。
振り返るとキタサンブラックはスピードや瞬発力がそれほど高くない馬だと思われていた。その点が嫌気され種牡馬としても当初は人気が出ていなかった。そんな評価を覆したのがイクイノックスの瞬発力である。東京スポーツ杯の勝利とイクイノックスのパフォーマンスを受けて、2022年のキタサンブラックの種付けは満口(売り切れ)となり、一時300万円まで低下した種付け料も500万円に戻った。
イクイノックスがクラシックを勝利すれば、さらにキタサンブラックの種牡馬としての評価は上昇する。もしもイクイノックスが3冠制覇を成し遂げれば、ディープインパクトの次の時代を担う種牡馬が、ディープ直系ではなく、甥のキタサンブラックになるかもしれない。それほどの可能性とポテンシャルがイクイノックスにはある。
ちなみにイクイノックスという名前の由来は、英語の”Equinox”から来ていると思われる。Equinoxとは、春分や秋分のように昼と夜の時間がほぼ等しくなる時を指す。ブラックタイド〜キタサンブラックと陽の当たらない時間が長かった血統が、イクイノックスによって文字通りEquinoxとなる時が来たのかもしれない。
(文責)岩永
2022年3月28日 11:51